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第4章 後輩・菜々美 1/3

last update Last Updated: 2025-04-08 18:00:48

 翌朝。

 悠人〈ゆうと〉が布団をたたんでいると、小鳥〈ことり〉が部屋に勢いよく入ってきた。

「悠兄〈ゆうにい〉ちゃん、なんで普通に起きてるのよ!」

「なんだなんだ、朝っぱらから」

「今日から仕事だから、目覚まし止めて二度寝する悠兄ちゃんを見たかったのに! 布団をはだけて『起きろーっ、早く起きないと遅刻するぞー』ってするのが夢だったのに!」

「いやだから、朝からそんな幼馴染ネタはいいから……な」

 * * *

 朝食を済ませると、ジーパンにパーカー、ジャケットの軽装で小鳥が玄関に向かった。

「また夜に会おうね。いってきまーす」

 それから30分ほどして悠人も部屋を出ると、まずコンビニに向かった。

「あら悠人くん、おはよう」

「おばちゃん、今日からその……小鳥がお世話になります」

「まかしといて。久しぶりに若い子が入ってくれて、私も喜んでるんだから。それより悠人くん、小鳥ちゃんから聞いたわよ。あの子、悠人くんのお嫁さんになるんだって?」

「あ……いやそれは」

「ちょっと歳が離れてるけど、まあでも20ぐらい最近じゃ普通だし、気にすることなんかないわね」

「いやだから、その……」

「でもおばちゃん、びっくりしたわよ。悠人くんのお嫁さんは、てっきり弥生〈やよい〉ちゃんだと思ってたから」

「とにかく」

 悠人が赤面し話を切った。

「今日から小鳥のこと、よろしくお願いします」

 そう言うと悠人は、栄養ドリンクを一本買って逃げるように店を出た。

 自転車を走らせ駅に近付くと、駅から出てくるサラリーマンにちらしを配っている小鳥が目に入った。

(ちらし配りか。頑張れよ、小鳥)

 * * *

「おはようございます、悠人さん」

 悠人が事務所に入ると、机を拭いていた菜々美〈ななみ〉が笑顔で挨拶してきた。

「悠人さん、ジェルイヴ見ました?」

 *
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     悠人〈ゆうと〉が帰宅すると、すでに食事の用意が出来ていた。 リビングでテーブルを囲んでいる小鳥〈ことり〉と沙耶〈さや〉。二人は仲良く談笑していた。「おかえりなさい、悠兄〈ゆうにい〉ちゃん」「ああ、ただいま」「遅かったではないか。その労働の対価として、正当な報酬をもらっているのだろうな」「いやいやいやいや。帰って早々、そんなややこしい話はやめてくれ」 * * * 三人での食事は賑やかだった。沙耶は終始上機嫌だった。「小鳥、お前の料理の腕はなかなかのものだな。このような物を食べるのは初めてだが、うちのメイドに勝るとも劣らぬ腕前だ」「サーヤってば本当、お世辞うまいね」「いや本当だ。この……なんと言ったか」「オムライス」「そう、オムライスだ。ケチャップソースと卵のふんわりとした食感の絶妙なバランス、絶品だ。スープもうまい」「ありがと」「それになんだ、初めは驚いたのだが、この料理はケチャップでメッセージを伝えるという面白みもあるのだな」「悠兄ちゃんへのメッセージ、今度サーヤが書いてみる?」「本当か。お前はいいやつだな」「しかし……」 悠人が口を挟む。「沙耶へのメッセージはまぁいいだろう。『サーヤ』だからな。でも俺のこれはなんなんだ?」 悠人のオムライスには『LOVE』と書かれていた。「この歳でこれを食うの、ハードル高いぞ。メッセージが重すぎる」「いいじゃない。新妻のオムライスだと思えば恥ずかしくないでしょ。そうだ悠兄ちゃん、今度お弁当も作ってあげる」「絶対紅生姜でハート作るだろ」「あ、分かっちゃった?」「分からいでか。って、会社で見られたらドン引きされるわ」「ぶーっ、せっかく気合入れようと思ったのにー」「小鳥。それは恋人が作るお約束の

  • 幼馴染の贈り物   第6章 悠人争奪戦 3/6

    「……なんか最近、小百合〈さゆり〉の夢をよく見るな……」 目覚めた悠人〈ゆうと〉がそうつぶやく。 そして起き上がろうとして、腕にまだ小百合の感触が残っているのに気付いた。 何やらいい匂いもする。「なんだ……俺、まだ寝ぼけてるのか……」 視線を腕に移す。 そこには腕にしがみついている、ネグリジェ姿の沙耶〈さや〉の姿があった。「え……」「ん……むにむに……」「……うぎゃああああああああっ!」 悠人の絶叫に、小鳥〈ことり〉が飛び込んできた。「どうしたの悠兄〈ゆうにい〉ちゃん!」「こ、これ……」「あーっ!」「ん……もう朝……か……遊兎〈ゆうと〉、小鳥……おはようございます」「おはようじゃない。お前、なんでここで寝てるんだ」「何を言う。お前は私の下僕なのだ、夜伽〈よとぎ〉は当然だろう」「な、な、何が夜伽〈よとぎ〉だお前!」「朝から大声を上げるでない。全く……これだから庶民は困る。もっとこう、優雅に朝を迎えようとは思わないのか」「平穏な目覚めを破壊したのはお前だ」「まあ聞け。私は昨晩、生まれて初めての土地に足を踏み入れたのだ。見知らぬ土地で初めての夜。心細くなって当然であろう。大体、一人で寝かせるお前が悪いのだ」「なんだその理屈は。心細いも何も、壁一枚隔てた隣の部屋なんだ。問題ないだろ」「ビルがいない」「……ビル?」「うむ。クマのぬいぐるみ、ビルだ。やつはまだ実家にい

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